寺だより

2019.06.20

いのちの感じ方

「いのちって何ですか?」と唐突に聞かれたら、困ってしまうのではないでしょうか。あわてて「いのちとは生きていることですよ」と答えたとして、「じゃ、いのちは死んでいないことですね」と確認されたら、「ちょっとまてよ」と考え込んでしまいそうです。生きていることだけがいのちといえるのか、疑問がわいてきそうです。
いのちは感じ方がとても大切です。いのちの感じ方は大きく3つにわけられるようです。
ひとつは魂として〝いのち〟です。動物はもちろん、木や岩や水など、あらゆるものに魂が宿っている。魂や精霊の中に〝いのち〟を感じる、見方です。
ふたつめはエネルギーとしての〝いのち〟です。生命を育み、モノを生み出していくエネルギーがこの世界全体に広がっている。宇宙的な生命のエネルギーに〝いのち〟を感じる見方です。
三つめは情操的、情緒的な〝いのち〟です。自然やモノに、自分のこころを投影し、そこに〝いのち〟を感じとる。朝日をご来迎として神聖なものとして捉えたり、道ばたの石ころにこころを感じたり、亡くなった人も生きているように思う。こうした情緒的な〝いのち〟の見方です。私たち人間はこうした多様ないのちの感じ方をもって暮らしてきました。
さて、もうひとつ大切な〝いのち〟感じ方があります。それは、いのちはつながり=縁であるということです。ひとつだけ、ひとりだけのいのちということはありえない。切っても切れない縁があると昔の人はいいました。兄弟、親、先生、自分を気にかけてくれる友だちは切れない縁ですね。生まれ育った環境も縁といえるでしょう。こうした多様ないのちの感じ方が、いのちを豊かにし、大切にしていくのだと思います。

一覧へ戻る